「松」との蜜月の終わりと最初の「作品」

今から思い返せば「松」との蜜月は三ヶ月ほどだった。
ワードプロセッサとしては十二分に活用出来ていたのだが、自分ではストレスが溜まりつつあった。
「松」には”データベース機能”がないのである。
いや、自分でもアホな事を書いている。「松」はワードプロセッサソフトである。
ごく簡単な計算機能は備えていたが、データベース機能などあるはずがない。
そんな事は最初から分かってはいた。しかし・・・使えば使うほどに歯がゆくてたまらなかった。
しょせん文書の清書機にしかならなかったとはいえ、それを使える社員も少しずつ増えて来て、会社としては一応目的は達成出来ていたのである。
しかし、自分としてはその状況が徐々に歯がゆくてたまらくなって来ていた。
せっかくの高機能で高価なコンピュータシステムが、ただの文書清書機で終わって良いはずがなかった。
“データベース”。業務利用としての本当のコンピュータ活用方法はこれしかない、と確信していた。
誰に教わったわけでもなく、本能的にそう感じていた。”自分で使えるデータベース”に憧れていた。
・・・たぶん、自分の記憶力が人より劣っているのでは、という劣等感を常に抱えていたためもある
勤務していた三和無線では、官公庁の庁舎屋上に設置されている大型アンテナを使う無線システムから、下は車載無線機や携帯型無線機まですべて扱っていた。
それらに関する業務で、どうしても解決したいふたつの問題があった。
ひとつは”回線設計書”である。新規の無線システムを構築するために、通信対象地域内の多数の地点でテスト受信を繰り返し、その結果を集計して設計書を作成する。
・・・と書くと大した事はなさそうだが、これが当時はすべて”手書き”。(;`ー´)
もちろんお役所への提出時にはワープロできれいな文書にはなるのだが、あくまで結果を清書していたに過ぎない。
複雑で高度な計算を”電卓で”何度も繰り返し、結果をレポートとして出力するわけだが、何度も試行錯誤する必要があり、測定データや使用機材が変わる度にすべて一から計算し直しとなるため、膨大な手間がかかっていた。
基本的には元請会社である日本無線の範疇なので、自分がその面倒くさい業務に関わる事はほとんどなかったが、その作業を見ているだけでも、何とももどかしい思いをいつもしていた。
当然、普及し始めた”パソコン”によって、これを何とかしたいというのは、自分以上に日本無線の技術者たちであったので、何人かが”Basic”によってシステム化しようと悪戦苦闘していた。
もちろん彼らは無線技術者であり、プログラマーではないので、ほとんどが業務時間外でのプログラミング作業だったので遅々として進まず、数ヶ月かかってようやくカタチになって来たのを見せてもらった。計算作業が劇的にラクになったので、彼らは喜んでいたが、それを見て自分自身のモチベーションに火が点いた。
一応目的は果たしているけど、自分の評価出来るレベルではない、と心のなかでうそぶいた。
やたらとカラフルな画面デザインは不細工で見にくく、データ入力は煩雑でやりにくいし、いったん入力したデータの修正も不可。ちょっとした操作ですぐにプログラムが止まるし、出力されるレポートは不細工で見にくい。
プログラムの中身(コード)もつぎはぎだらけでやたらと行数が多く、まったく洗練されていない。
とはいえ、もちろん自分の評価など彼らには何の関係もない。目的が達成出来たのでそれで良いのである。
ほとんど業務時間外でこれを完成させた元請社員の努力と熱意は承知しているので、感じた事を一切表に出さず、その代わりに同じものを作る事を思いついた。
ツールはやはり”Basic”しかなかった。当時市販されていたデータベースソフトはあまりに高価で、そもそも使いこなせるかどうかすら分からなかったためである。当時は”試用版”もなかったし。
その事以上に意識したのは、彼らと同条件でやってみたかったためである。本業では自分など足元にも及ばない優秀な技術者たちと、この分野では対等以上の能力がある事を示したかったのである。
誰にって!? それは自分自身にや。( ´ー`)
その結果は、自分にとっては大成功であった。大変な自信になった。
「松」で文書を量産していた時とは比較にならないほどの熱意と鬼神のような集中力をもって、一週間ほどで完成させた”回線設計”ソフトは素晴らしい出来であった。上の方で掲げたような問題はすべてクリアし、シンプルで入力しやすい画面に、罫線を駆使した美しいレポートも出力出来た。これなら、もうワープロで清書する必要もない。
もちろん自分のプログラミングも、ほとんどは就業時間外での作業。完成した時は身震いするほどに嬉しかった。

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